【日常雑感】枯れた造花
お彼岸の中日を過ぎ、これから夜がどんどん長くなる季節がやってきます。
本格的に秋が深まる季節ですね。
数か月に1度通る道にお地蔵さんがいます。
お地蔵さんの前にはいつも、季節ごとの花や瑞々しい樒がお供えしてあります。
どなたかがせっせと花を変えているんだな、マメな人がいるんだな、
なんて名も知らぬその人(達)のことを考えていつもその道を通っていました。
いつからか、枯れた花や葉っぱがそのまま放置されるようになりました。
何らかの事情があるのかないのかは分かりませんが、茶色くなった花や草が風でカサカサと擦れあい、
侘しい色と音が広がっていました。
その次にその道を通ると、お地蔵さんには鮮やかな造花が備えられていました。
最近は、なかなかお参り出来ないからすぐ枯れる生花ではなく、
造花を手向けることも少なくないという話を聞きます。
生花でなくても、それを気にしてくれる人がいたことに、少しだけ安心しました。
枯れることのない造花はいつまでも穏やかに手向けられる、そう思っていました。
時間が経つと、造花は雨風に曝されて傷み、まるで枯れてしまったかのようになっていました。
枯れないと思っていた造花も、誰かが手をかけないと枯れてしまう。
造花が枯れる程の時間、誰もここに来なかったのかと思うと、少し淋しい気持ちになります。
名も知らぬ誰かの真心ごと一緒に枯れてしまったような造花が、清々しい9月の青空の下、静かに風に揺れていました。
